マリー・アントワネットも愛したフランス更紗〜トワル・ド・ジュイ(Toile de Jouy)。
トワル・ド・ジュイは、18世紀にフランスで生まれ、200年以上にも渡って世界中の人々に愛され続ける伝統的なデザインのコットン生地のことです。
ヴェルサイユに程近いパリ近郊の町、ジュイ=アン=ジョザスの工場で、木版・銅版を用いて生産された生地は、トワル・ド・ジュイと呼ばれ、フランスの伝統的なプリント生地として広く知られています。
トワル・ド・ジュイには、18世紀頃の人物・風景、神話、天使、花などをモチーフとした優雅なロココ調絵画的田園風景が繊細に表現されていますが、この西洋更紗の源泉は、17世紀後半以降に東インド会社によって大量輸入によってヨーロッパにもたらされたインド更紗にあります。軽さと鮮やかな色のインド更紗はたちまちヨーロッパの人々を魅了し一大ブームとなり、実用的な布としてドレスや室内装飾に取り入れられました。
インド更紗の流行のピークは、1684年にシャムの大使がヴェルサイユ宮殿にルイ14世を訪問すると最高潮に達し、木版を使ったインド更紗の製造技術はヨーロッパ各地で模倣されるようになりますが、1686年にルイ14世により、フランス自国の織物産業保護のため、インド更紗の輸入・国内での製造が禁止するという「インド更紗輸入・製造禁止令」が発布されてしまいます。
この禁止令により、フランスは織物産業において、他国に大きく遅れをとることとなります。
70年以上の時を経た1759年、ようやく宰相コルペールの重商政策により、この禁止令は解かれますが、その頃にはフランスの織物産業は遅れをとり、更紗の製造技術を持つものは国内にいないという状況でした。
そこで、フランス政府は、外国人技術者を呼び寄せますが、その一人が、パリで版画、印刷業に従事していたドイツ出身のクリストフ=フィリップ・オベルカンフでした。
オベルカンフは、1760年に、更紗の製造に重要な川の水質がよい、ヴェルサイユ近郊のジュイ=アン=ジョザスに工場を設立し、ジュイの工場で生産された布が、ジュイの更紗=トワル・ド・ジュイと呼ばれました。
オベルカンフは、単にインド更紗の模倣だけでなく、経営面・技術面・デザイン面とあらゆる方面において多角的に、独自の企業方針を打ち出しました。
オベルカンフは木版プリントにより、インド更紗のエッセンスを引き継ぐエキゾチックで様式化されたデザインを表現する技術を改良・開発し、次第にフランス流の花模様を発展させ、3万種を超えるデザインが生み出されました。
さらに、この木版に加えて1770年には、銅板をプレスして捺染(型を使って染料を布に押し当てて染める染色法)する銅板捺染を開発し、繊維で陰影の濃いパターンの制作を可能にしました。
また、1797年には、銅板のローラー捺染を開発しますが、この銅板ローラーは「1日で木版捺染の42人分の仕事をする」という画期的なもので、織物産業の新しい時代の先駆けとなりました。
オベルカンフは、工場設立当初には、優美なインド更紗やシノワズリなど模倣風の作品をつくっていましたが、1783年に田園風景の画家として名を馳せていたジャン=パティスト・ユエをデザイン担当の責任者に迎えると、銅板捺染の開発により可能となった、西洋絵画的な透視技法に基づいた風景画を繊細なエッチングタッチで表現したデザインに変化していきました。 優美な物腰の人物像が動物たちとともに田園の中に遊ぶ、フランスの田園風景をモチーフとした「農場の仕事」「フランドルの風景」「四季の喜び」などの作品をデザインしますが、これらには遠近法的モチーフの配置など西洋版画の手法がふんだんに取り入れられています。
また、作品の主題には、オペラ作品の「フィガロの結婚」や小説の「ポールとヴィルジニー」、史実をもとにした「アメリカの独立」など、多様な物語性のある主題が取り入れられ、トワル・ド・ジュイの更紗の名声を一層高めました。
好景気にも後押しされ、事業は順調に成長して工場は大規模化し、その評判は宮廷にも届くところとなり、1783年にはルイ16世によってオベルカンフのトワル・ド・ジュイの工場は「王立」の称号を与えられました。
フランス革命後のナポレオン自らジェイの地を訪ね、レジオン・ドヌール勲章を授与されるなど、トワル・ド・ジュイのプリント生地はこれ以上ない名声を博しました。
工場のあるジュイ=アン=ジョザスの初代市長にもなったオベルカンフは、自宅にマリー・アントワネットや、教皇大使、ナポレオンの妻ジョゼフィーヌなど、著名な客を迎え入れており、こうしたことからもトワル・ド・ジュイがいかに高い評価を得ていたのかを計り知ることができます。
オリジナルのトワル・ド・ジュイは、美術館・博物館に所蔵されるほど貴重なもので、現代、出回っているデザインの多くは、18世紀当時のデザインを真似たり、アレンジしたりしたものがほとんどです。美術館などで所蔵されている当時のオリジナルデザインから版をおこして、つくられているもの数が少なく貴重で、アンティークもののトワル・ド・ジュイは大変稀少性の高いものとなっています。
エレガントでクラシカルなトワル・ド・ジュイの生地は、発祥地のフランスはもちろん、 欧米を中心に多くのファンやコレクターが多く、日本でも憧れの存在となっています。
現在、日本初のトワル・ド・ジュイの本格的な展覧会「西洋更紗 トワル・ド・ジュイ展」が、東京・渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで2016年6月14日(火)から7月31日(日)まで間、開催されていますので、興味のある方はのぞいてみてはいかがでしょうか。