肩書きなど | 二紀会理事長(初代)、日本芸術院会員、日本美術家連盟理事長、国立西洋美術館評議会評議員 |
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紹介文 | 石川県で生まれた洋画家です。 画家を志して上京し、川端画学校で学び、二科会で活躍したのちフランスへ渡ります。 デッサンの名手と呼ばれ、戦時中はそのデッサン力を買われ従軍画家として戦争記録画を手掛けていました。 戦後は二紀会を創立して中心的な画家の一人として活躍し、亡くなるまで出品を続けています。 花、舞妓、裸婦像などのモチーフを中心に鮮やかな色彩を用いた写実的な作品を制作しました。 作品には赤をポイントとして使用している事が多く、これは子供の頃に神社の絵馬を見る事が好きでその影響で赤が好きになったからだと言われています。 また、新聞連載小説の挿絵を担当し、挿絵画家としても活躍していました。 |
略歴 |
1905年 石川県で生まれる シンガポールなどに渡る 建設委員長に就任する 理事長に就任する |